昭和42年12月28日 夜の御理解
アクビの後にも「金光様」の元の信心がここにあった。
「体の丈夫を願え、何をするにも体がもとなり」と。体の健全を第一に願えとこう仰る。本当に何をするにも、体がもとでございますから、体の丈夫を願わにゃいけません。ですからどうぞその、体が丈夫でありますように、大丈夫でありますようにというよりも、それをもう少し具体的に、昔の先生方やら、昔のご信者さん方は必ず、こんな願いをなさっておられますね。
どうぞ体内の悪血悪毒それをどうぞ、大小便にお取り祓いを頂きますように、具体的な願いです、ね。どうのとただ体の丈夫を願えだけ。まず体内にあります悪血悪毒を大小便の中に一緒にお取り祓いを下さい。もう実にそのまあ合理的な願いだと思うですね。お互いがただどうぞどうぞ、こうして下さいああして下さいと言うて願うただけじゃいかんのですよ。それを具体的に願わなければ。
ですから大小便に行く時にはもう本当に悪血悪毒をお取り祓い頂いとると思うから有り難い。はあもう本当に小便に行く度に大便に行く度に、体内の悪血悪毒が一緒にお取り祓いを頂いておるのでございますから有り難い。その有り難い心がもういよいよ、健全な肉体を約束してくれるおかげを受けられる、ね。これは昔の方たちの信者、先生方だけに限らない。今でも同じこと。
私共でもやっぱりそこを願わにゃいかんと。まず体の丈夫を願え、体がもとなり、ね。ですからどうぞ、体の健全を願わしてもらうと、だからただ、どうぞ健康のおかげを頂かして下さいというだけではなくてから、ね、その体の健全、体の健康のおかげを頂かせて頂くために体内に悪血悪毒があっては、滞りができます。滞りができますと、それが病のもとになる。病気のいわゆる根源になってしまう。
そこで私共は日々、これはもう朝晩、便所に生かしてもらう、いわゆるどうぞ、具体的に願う、ね。私の体の中にある悪血悪毒をどうぞ、大小便と共にお取り祓いを頂きますように。もっと、その細かく言うとね、ね、このあくびの中でも、出るもの一切の中から、その病気になるもとをお取り祓い、もうあくびが出てもだから有り難うございますとお礼を申し上げなきゃいけん。
ということを願いにしなければ、ね、具体的に願うわけ。悪血悪毒、大小便と共にお取り祓いを頂きますようにという願いを芯からさしてもらって初めて健全なおかげ、健全なおかげが頂ける。なぜって、その大小便に行く時に、お取り祓いを頂いておると思うから有り難い。有り難いから大小便に行く度に芯からのお礼ができる。お礼ができるからいよいよ、健全な健康が約束される、ね。
これは肉体のこと。ですからこれをこの心の上にも願わにゃいかん、ね。まず私のまず健康が大事でありますように心の健康がまず第一である。心の健全を願え、ね、そこで、なら心の健全はどこへもってくる。やっぱりこの御結界に持って来にゃいけません、ね。ここはもったいない話だけれども、まあ便所と同じだと仰るくらい。心の中のもういろいろなものをみんな出されたしてしまう、ね。
もう言うなら、もうここではもうそれこそ何もかにも悪血悪毒をお取り祓い頂くようなもの。もう帰りがけには心がすきっとする。今日は今年最後の竹葉会でございました。私、久しぶりで竹葉会に出席さして頂いて、まあ大変おかげを頂きまして、もう夕方になりましたから、いう頃から桜井先生の奥さんが見えられました。それからまた改めて今朝からの御理解をテープで頂きましてね。
そしてそれをまあ色々な角度から本当に御理解というものは私今日はもう、ここで何回頂いたか知らんのですよ今朝の御理解を。皆さんが次々頂きますから、ね。本当に富永先生じゃないんですけれども富永先生は月に30回同じテープを聞かれるそうです。今体が悪いですから悪いと早よテープをあの御理解を頂こうと、そうすっと何か毎日毎日頂いておるその御理解の中からですね、違ったものを頂く。
頂いた頂いたらおかげを頂く。というようにですね私も今日朝からの御理解を、何回も何回も繰り返し聞かせて頂いてまあ開口一番ですね、なるほどあの人はおかげを頂けれるはずだと。成程是では私はおかげ頂かんはずだということが今日の御理解を頂いたらはっきり分かるということが一番に述べてございますですね。ですからもう今日の御理解はそこから、はっ今日の御理解はどげな御理解じゃろうかと思うて。
まあ頂く様な感じなんです、ね。成程あの人はおかげ頂く筈だと。成程私がおかげ頂かん筈だと。と言う事が分かるような御理解なんです、今朝の御理解は、ね。それを繰り返し頂いてから頂いていて皆さんがその御理解を検討しているうちにですね、もう私も感じきらなかった様な事を感じておられるですね。頂きながら。
それをこう色々発表しながら、そのまあおかげを頂きましたけれど、もう本当にその御理解をやっぱり頂いてですね、そこに何かちょっと、はっと本当にこう、おかげの頂けれる何かができるんですね。そうすっと、はあこんなことまでは親先生には申し上げられないと思うたばってん、聞いてもおらにゃん、何かよいタイミングが良かったら今日はどうでも聞いてもらいたいという人があったんです。
それに今日は幸い私があれに参加したもんですから、そこでお届けをされるんですね。まあ若い嫁さん達のことですから、姑親との問題なんですね。それをんなら今のこの御理解から教祖の神様のそういう時のご信心態度といったようなものを、から頂くとですね、もう本当にこう、頂いとるうちに有り難くなってくる、ね。昨夜、久富繁雄さんが言っておられました。昨日は26日でその前の日が土井の共励会。正義所であった。
私は本当に、なるほどなるほどとこう思うことがあるこういう。正義さんがお話をしようとするとおいさみがある。原節子さんがお話をされるとそれに受け答えするようにおいさみがある。私たちがいくらどんなお話をしても神様はちんともかんとも言うて下さらん。けれども、まさきさんがお話をしようとするとおいさみがある。原せつこさんがお話をなされるとおいさみがある、ね。どうしてじゃろうかと。
とにかく原節子さんの心の内容、正義さんの心の内容の中には神様に通ずる、通うものがある。私共にはそれがない。とにかく原節子さんを研究せにゃいかん、正義さんを研究せにゃいかんと言う様な意味のことを昨日、言うておられるんですよ、ね。成程おかげ頂く人は違うと、ね。おかげを頂けない私共は違うと。神様からちんともかんとも返事も頂けんような私共、私それがはっきり分かってくる、ね。
ですからそこんところをお取次を頂いていく、ね。結局は私とお母さんの仲にですね、こういうそれが何とも言い知れん嫌な問題に、問題がこんがらがってこういうことになっていくのがです、だんだん話を聞いたり、話を進めさして頂くうちにですね、もう本当にその、朗らかになっていかれるんですね。はあ、そういう頂き方があった。なるほど私がこういう頂き方をしよったんではですね。
こういう頂き方をしよったんではなるほど、おかげが頂けんはずだということが分かって、そしてそこんところのお取次を願われて、それがいわゆる大小便となって、悪血悪毒が、こうお取次ぎを頂きよる間に取り払われていくわけなんです。心がやや健全になってきた、いよいよ健全になってきた。もう例えばお母さんがどげなこと言いなさったっちゃ、どういう態度をとりなさったっちゃ。
もうびくともせんちゅうごたるふうに心が健全になっていく、ね。私はまず体の丈夫を願うためには、体の健全を願わなければならんが、体の丈夫を願うためにはそれを具体的に願わにゃいかん。それを、これは私もですけれども、昔の方はそれを言われた。どうぞ、悪血悪毒が大小便にお取り祓いが頂けるようにと願われる。ですから大小便に行くたんべんに、悪血悪毒。
体内の健康に不必要なものが。健康を害しておるようなものが、もういつの間にか大小便の中にお取り祓いできていきよると思うから、大小便の度に、金光様有り難うございます、お取り祓いを頂いて有り難うございますが言えれる。その有り難い、有り難うございますが、次のおかげを頂けれる、もういわゆるいよいよ、肉体の健全を約束して下さるようなおかげに、な働きになってくるように、私共の心もそうである。
悪血悪毒が溜まっとる心が不健全になる。そうするとそれが情けない事になってしまう。心が健全であるそこに御理解を頂いて成程そうだ、おかげの受けられる人おかげの受けられない人ここに決まったと、言う様に御理解を頂いたその後にお取次を願う。ですからもう実に何というですかね、もうすっきりよっぽどタイミングが良うなからなければお取次は願えないと言う様な事がもうその、願えるわけなんです、ね。
同時に大小便の中から、そういうお取次を頂かせて頂く中から、自分の悪血悪毒が一緒にお取り祓いを頂けるような心で、心が明るく健全になる、ね。その健全な心でどういうものを頂いてもおいしいように、どう言う様な事があってもおかげ。私はその時に御心眼にです破れ饅頭がね、破れ饅頭がこういくつもこう重ねてあるです。もういかにも美味しかるそうな、もう甘いもの好きならよだれが流れる様な感じなんです。
それをですね重箱で押さえたもんじゃけん、こうびっちゃげたという感じなんです。もう愈々その、破れ饅頭が余計破れてから、とにかくもう掴んででも頂かにゃおられんごたるその状態、ね。私がそれを頂いてからそう思うた。もう本当に皮が持てんちゅうごたる時て、ね。皮が持てんちゅうことを、破れ饅頭ち言いますよこの辺じゃ(笑)。皮が持てん、ね。例えばそのおばあさんが嫁さんに、辛うあたんなさる。
私どんが若かった頃こげんじゃったばのっちゅうてから、もうそれこそ横でね、お客さんの方がそのなだめなさるぐらいな時が時にはあるっちゅう。あんまりひどいことを言われるから、ね。それこそ、側の方が持てんごとなっとる、ね。その皮が持てんごたる時ほどが実を言うたら、おいしいんだ有り難いんだということなんです、ね。そこを頂くんです。ははあ、その人がそういう境地を、今日開いたんです。
ははぁもうほんなこと、それを頂いときゃ今度どげん、お母さんがどげなんこつを言いなさったっちゃです、もうそれこそ破れ饅頭と同じことで、頂かにゃおられんちゅうごたる、そこをですね、先が楽しみでそこを受けていけれると言う様な、そのことであろうと私は思うた。破れ饅頭だけでも、甘い物がよだれが流れるごたるのに、それがまた重ねてあるの、それが重箱で押さえてとるちゅうような感じですから。
もう愈々皮もんが、方が持てんちゅうごたる時ほど、実はおかげが頂ける有り難い時なんだと、と例えばお話頂きながらまあだあの人ばかりで話し合ってる時には、もう本当にお母さんの悪口ばっかりじゃった。それが段々私がそこから入って御理解を頂いて、その御理解を検討して、はあおかげの受けられる人おかげの受けられない人。成程私これじゃあおかげの受けられんはずだが、分かってお取次を頂いた。
大小便と共に悪血悪毒が流されるようにすっきりした、ね。そこへ今のその御理解なんです、ね。もうそげん時ほどそれこそ皮が持てんちゅうごたる時ほど、実を言うたら有り難いものだ、信心の味わいっちゅうのは、そこにあるのだと言うてもよいくらいな、おかげの頂けるところを、皆がお粗末にしておるということ、ね。どうぞ健康のことを願わにゃいけません。ためには具体的にですね。
悪血悪毒を、大小便と共にお取り祓いを頂きますようにと言うて願わにゃいかん。それを芯から願うから大小便に行った度に悪血悪毒をお取り祓い頂いて有り難しということになってくる。もう便所行く度に、小便行く度に金光様、有り難うございます、言わにゃおられんもん。大小便だけじゃなかもん。それと一緒に悪血悪毒が一緒に出ていきよる。だから、私の健康は間違いないということになってくる。神様が保障して下さるんだと。そういう言わばものが確信されてくる。
ようにです、私共の肉体の、いわゆる健全を願うと同時に心の健康、心の健全を願わなければならない、ね。それには、やはり御理解を頂いて、有り難い。はあそうだと。おかげの受けられる人、受けられない人、ここになるほど、私がおかげの受けられんというのをひとつ本気でつかんで。そして次の御理解によって、それが払われていく。次に大小便になって、悪血悪毒が出て行く。そこに心の健全が約束される。そういう心に私はおかげが受けられると思うですね。
どうぞ。